東大塾長の山田です。
このページでは溶解度積について解説しています。
例題を使って詳しく説明しています。是非参考にしてください。
1. 溶解平衡
\(NaCl\)の固体と\(NaCl\)の飽和水溶液が共存しているときを考えましょう。このとき、\(NaCl\)の固体と水溶液中のナトリウムイオン\(Na^+ aq\)、塩化物イオン\(Cl^- aq\)との間には次のような平衡が成り立っています。
\(NaCl(固)⇄Na^+ aq + Cl^- aq\)
このような平衡のことを溶解平衡といいます。溶解平衡が成り立っているとき、溶質(\(NaCl(固)\))の溶解速度と溶液中の溶質の析出速度が互いに等しくなり、見かけ上溶質の溶解も析出も起こらなくなっています。
2. 共通イオン効果
1で説明したような溶解平衡が成り立っている塩化ナトリウム\(NaCl\)飽和水溶液に、塩化水素\(HCl(気)\)を通じたり、塩酸\(HCl\)を加えたりすると、溶液中の塩化物イオン\(Cl^-\)の濃度が大きくなるため、ルシャトリエの原理から塩化物イオン\(Cl^-\)の濃度を小さくする方向に平衡は移動します。そのため、新たな\(NaCl\)の結晶が析出します。(ルシャトリエの原理については、「化学平衡の法則とルシャトリエの原理」の記事で詳しく説明しているので是非参考にしてください。)
このように、水溶液中に存在するイオンと同じイオンを加えることによっておこる平衡移動のことを共通イオン効果といいます。主に、溶質の溶解度や電離度を小さくします。
3. 溶解度積
3.1 溶解度積とは?
水に溶けにくい電解質である塩化銀\(AgCl\)は飽和水溶液中では1で説明したように次のような溶解平衡が成り立ちます。
\(AgCl(固)⇄Ag^+ aq + Cl^- aq\)
このような溶解平衡に化学平衡の法則を適用すると、
\(\displaystyle K=\frac{[Ag^+][Cl^-]}{[AgCl(固)]}\)
\(AgCl(固)\)は固体であるので溶解平衡には影響を与えず、\([AgCl(固)]\)は一定とみなすことができます。
\(K \times [AgCl(固)]=[Ag^+][Cl^-]\)
\([AgCl(固)]\)が一定であることから、\(K \times [AgCl(固)]\)も一定になります。\(K \times [AgCl(固)]=K_{sp}\)とおくと、
\(K_{sp} =[Ag^+][Cl^-]\)
が得られます。この\(K_{sp}\)のことを\(AgCl\)の溶解度積といいます。溶解度積は温度が変化しなければ常に一定の値をとります。
難溶性の塩\(M_mA_a\)について
\(M_mA_a(固)⇄mM^{a+} + aA^{m-}\)
このような溶解平衡が成り立つとき、次のような関係式が成り立つ。
\(K_{sp} = [M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)]
この\(K_{sp}\)のことを溶解度積という。
3.2 沈殿の生成
銀イオン\(Ag^+\)と塩化物イオン\(Cl^-\)を含む水溶液を作った時、\(Ag^+\)と\(Cl^-\)のイオン積\([Ag^+][Cl^-]\)の値が\(AgCl\)の溶解度積の値よりも大きかったとしましょう。
\(K_{sp}<[Ag^+][Cl^-]\)
このとき、\(K_{sp}=[Ag^+][Cl^-]\)が成立する方向に平衡が移動します。
\(AgCl(固)⇄Ag^+ aq + Cl^- aq\)
この水溶液では、このような溶解平衡が成り立つので\([Ag^+]\)、\([Cl^-]\)が減少する方向、つまり、左方向に平衡が移動します。平衡が移動することで\(AgCl\)の沈殿が生じます。
一方で、\(Ag^+\)と\(Cl^-\)のイオン積\([Ag^+][Cl^-]\)の値が\(AgCl\)の溶解度積の値よりも小さかったとしましょう。
\(K_{sp}>[Ag^+][Cl^-]\)
このときは、外部から手を加えない限りどのように変化しても、\(K_{sp}=[Ag^+][Cl^-]\)が成立しないので沈殿は生じません。
① 難溶性の塩\(M_mA_a\)について、
\(K_{sp}<[M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)
という関係式が成り立つとき、沈殿\(M_mA_a\)が生じる。
② 難溶性の塩\(M_mA_a\)について、
\(K_{sp}≧[M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)
という関係式が成り立つとき、沈殿は生じない。
3.3 沈殿を増減させる方法
3.3.1 沈殿を増加させる方法
塩化銀\(AgCl\)の飽和水溶液に塩酸\(HCl\)を加えてみましょう。塩酸を加えると塩化物イオン\(Cl^-\)の濃度が増大し、\(Ag^+\)と\(Cl^-\)のイオン積\([Ag^+][Cl^-]\)の値が\(AgCl\)の溶解度積の値よりも大きくなります。
\(K_{sp}<[Ag^+][Cl^-]\)
このとき、3.2で説明したように\(AgCl\)の沈殿が生成する方向に平衡が移動するので、新たに\(AgCl\)の沈殿が生じます。
また、塩化銀\(AgCl\)の飽和水溶液に硝酸銀\(AgNO_3\)水溶液を加えてみると、銀イオン\(Ag^+\)の濃度が増大し、\(Ag^+\)と\(Cl^-\)のイオン積\([Ag^+][Cl^-]\)の値が\(AgCl\)の溶解度積の値よりも大きくなるので塩酸を加えたときと同様に\(AgCl\)の沈殿が生じます。
3.3.2 沈殿を減少させる方法
\(AgCl\)の固体と\(AgCl\)の飽和水溶液が共存する水溶液に十分量のアンモニア\(NH_3\)を加えてみましょう。このとき、
\(Ag^+ + 2NH_3 ⇄[Ag(NH_3)_2]^+\)
という反応が起こるため、\(Ag^+\)の濃度が減少し、\(Ag^+\)と\(Cl^-\)のイオン積\([Ag^+][Cl^-]\)の値が\(AgCl\)の溶解度積の値よりも小さくなります。
\(K_{sp}>[Ag^+][Cl^-]\)
このとき、\(K_{sp}=[Ag^+][Cl^-]\)が成立する方向に平衡が移動します。
\(AgCl(固)⇄Ag^+ aq + Cl^- aq\)
この水溶液では、このような溶解平衡が成り立つので\([Ag^+]\)、\([Cl^-]\)が増加する方向、つまり、右方向に平衡が移動します。平衡が移動することで\(AgCl\)の沈殿が溶解します。
このように、沈殿が増加するときも減少するときも\(K_{sp}=[Ag^+][Cl^-]\)が成り立つ方向に平衡は移動していきます。この性質を利用してどのような水溶液を加えればいいかを考えれば、自由に沈殿を増加させたり減少させたりすることができます。
4. 沈殿滴定
水溶液中に含まれるイオンの濃度を沈殿の生成を利用して求める手段のことを沈殿滴定といいます。ここでは、沈殿滴定の代表的なものであるモール法について解説しましょう。
モール法とは、水溶液中の\(Cl^-\)の濃度を\(Ag^+\)を用いた滴定のことで、指示薬に\({CrO_4}^{2-}\)を使います。
まず、\(Cl^-\)の含まれた水溶液に\({CrO_4}^{2-}\)を少量加え、\(AgNO_3\)を滴下します。すると、\(AgCl\)が先に沈殿し始めます。
さらに、\(AgNO_3\)を加えていくと、溶解度積に達した赤色の\(Ag_2CrO_4\)が沈殿し始めます。この瞬間が滴定の当量点となります。このとき、\(K_{sp}(Ag_2CrO_4)=[Ag^+]^2[{CrO_4}^{2-}]\)が成り立つので、\([Ag^+]\)を求め、\(K_{sp}(AgCl)=[Ag^+][Cl^-]\)から\([Cl^-]\)を求めます。
5. 例題
ここでは、溶解度積に関する例題を紹介していきます。
塩化銀\(AgCl\)の溶解度を求めよ。\(AgCl\)の溶解度積は\(9.0\times 10^{-12}(mol/L)^2\)とする。
【解答1】
溶けている\(AgCl\)の濃度を\(x(mol/L)\)とおきます。このとき、水溶液中の\(Ag^+\)、\(Cl^-\)の濃度はどちらも\(x(mol/L)\)となるので、以下のような式に代入すれば
\(K_{sp}=[Ag^+][Cl^-]\)
\(\begin{align}
\\
9.0 \times 10^{-12} &=x(mol/L) \times x(mol/L)\\
\\
x &=3.0 \times 10^{-6}(mol/L)\\
\end{align}\)
答‥3.0×10-6(mol/L)
\(CuS\)の溶解度積を\(K_{sp}=1.0\times 10^{-36}(mol/L)^2\)とする。\([Cu^{2+}]=2.0\times 10^{-4}(mol/L)\)の水溶液に\(H_2S\)を加えて徐々に\(S^{2-}\)の濃度を大きくしていくと、黒色の沈殿を生じた。この時の\([S^{2-}]\)を求めよ。
【解答2】
溶解度積の式より
\([Cu^{2+}][S^{2-}]=K_{sp}\)
が成り立つので、
\(\begin{align}
\\
[Cu^{2+}][S^{2-}]&=K_{sp}\\
\\
[S^{2-}]&=\frac{K_{sp}}{[Cu^{2+}]}\\
\\
[S^{2-}]&=\frac{1.0\times10^{-36}}{2.0\times10^{-4}}\\
\\
[S^{2-}]&=5.0 \times10^{-33}\\
\end{align}\)
答‥5.0×10-33(mol/L)
\(CuS\)の溶解度積を\(K_{sp}=1.0\times10^{-36}(mol/L)^2\)、\(ZnS\)の溶解度積を\(K_{sp}=1.0\times10^{-19}(mol/L)^2\)とする。\([Zn^{2+}]=0.20(mol/L)\)、\([Cu^{2+}]=0.40(mol/L)\)の水溶液に\(H_2S\)を溶かし、\(CuS\)のみを沈殿させたいとき、\([S^{2-}]\)はどのような範囲にすればいいか求めよ。
【解答3】
まず、\(CuS\)が沈殿を生成しなければいけないので
\([Cu^{2+}][S^{2-}]>K_{sp}\)
の関係式が成り立たないといけないので、\(CuS\)の溶解度積\(K_{sp}=1.0\times10^{-36}(mol/L)^2\)、\([Cu^{2+}]=0.40(mol/L)\)を代入すれば
\([S^{2-}]>2.5\times10^{-36}\)
がわかります。
次に、\(ZnS\)が沈殿せず溶解していることを考慮すれば
\([Zn^{2+}][S^{2-}]≦K_{sp}\)
の関係式が成り立たないといけないことがわかるので、\(ZnS\)の溶解度積\(K_{sp}=1.0\times10^{-19}(mol/L)^2\)、\([Zn^{2+}]=0.20(mol/L)\)を代入すれば
\([S^{2-}]≦5.0\times10^{-19}\)
が求まります。
したがって、求めるべき\([S^{2-}]\)の範囲は\(2.5\times10^{-36}<[S^{2-}]≦5.0\times10^{-19}\)となることがわかります。
答‥2.5×10-36<[S2-]≦5.0×10-19
6. まとめ
最後に、溶解度積についてまとめておこうと思います。
\(NaCl\)の固体と\(NaCl\)の飽和水溶液が共存しているとき、次のような平衡が成り立つことを溶解平衡という。
\(NaCl(固)⇄Na^+ aq + Cl^- aq\)
溶解平衡が成り立つとき、溶質(\(NaCl(固)\))の溶解速度と溶液中の溶質の析出速度が互いに等しくなり、見かけ上溶質の溶解も析出も起こらなくなっている。
難溶性の塩\(M_mA_a\)について
\(M_mA_a(固)⇄mM^{a+} + aA^{m-}\)
このような溶解平衡が成り立つとき、次のような関係式が成り立つ。
\(K_{sp} = [M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)]
この\(K_{sp}\)のことを溶解度積という。
① 難溶性の塩\(M_mA_a\)について、
\(K_{sp}<[M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)
という関係式が成り立つとき、沈殿\(M_mA_a\)が生じる。
② 難溶性の塩\(M_mA_a\)について、
\(K_{sp}≧[M^{a+}]^m[A^{m-}]^a\)
という関係式が成り立つとき、沈殿は生じない。
溶解度積は物質固有の値をとり、温度が変わらなければ常に一定の値をとります。
溶解度積に関する問題は難易度が様々です。この記事をマスターしたらたくさん問題を解いてどんな問題にも対応できるように練習しておきましょう!
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