東大合格物語その3(塾経営のきっかけ)

[東大時代]の続きです。まだ読んでない場合はそちらからどうぞ!

外資系金融の世界

東大工学部計数工学科にした理由は金融数学に興味が出たから。

大学3年生にもなり、
「そろそろ就活だよなー」
ということでいろいろ調べていると
高度な金融数学を駆使してリスク計算を行う「クオンツ」といった職種や、
保険会社の中枢を担う「アクチュアリー」といった職種があることを知りました。

しかも、特に外資系金融業は超実力主義の世界。
プロスポーツ選手のように
「実力がなかったすぐクビを切られる」(←日本企業ではありえない)
「そのかわり活躍すれば報酬はトップアスリート並みに超高額」

小さいころ野球選手になりたかった山田には
そんな外資系金融の実力主義の世界がカッコよく映りました。

その中でも特に入社が難しいと言われている会社を受けました。

東大の院生や、海外の(東大より上の)名門大学出身者が
ほとんどを占めるような会社です。

情報を集めようとしましたが、
内情がよくわかるような情報を見つかりませんでした。
WEBテストは突破しましたが、面接などでどんなことを聞かれるのか、
どういったポイントを見られているのかなどさっぱり分からない。

「まあ、情報がないならしょうがない。
頭は鍛えてきたし、本番で頭フル回転すればいけるっしょ」

…で、見事にその会社に落ちました。

そう、これって渋幕に落ちたときと同じなのです。
同じ過ちを繰り返した。

今回も「受かるべくして受かる完璧な対策」というのを怠ってしまったのです。

「実力主義の超高額報酬を稼ぐようなカッコいい世界には縁がなかった。」
「自分は普通に生きていくしかないか…」

ホワイト企業に就職するも絶望

結局山田は、日本の企業に就職しました。
給料は平均以上。
さらにしっかりと残業代が出る。
それなりに大変だけど、大きい会社なので人員はいるし、
社員に無理は勤務をさせようとはしない。

ホワイト企業ですね。

さあ社会人1年目。
ガンガン仕事を覚えて一人前になって、はやく昇進したい。

そんな想いで
必ず定時までに自分のノルマを終え、
家に帰ってからも仕事関連の勉強をずっっとしていました。

実はその年の新入社員代表挨拶は山田が指名されました。
入社試験の点数が良かったのでしょう。

同期の中ではダントツで仕事ができる方でした。

それは良かったんですが…

同期の中には、定時までに仕事が終わらない人もいるのです。

すると、どうなるか?

ホワイト企業なので、残業代がかなり出る。
そうすると、できない社員の方が自分よりはるかに多い給料を得てしまう…!!

「なんだそれ?!」

って感じなのですが、ここは完全実力主義の会社ではありません。
そもそも実力主義の会社に入れなかった自分に原因があります。

深夜2時3時まで仕事関連の勉強をして、
次の日朝7時に起きてギュウギュウの満員電車に体を詰め込んで都心まで通勤して、
頑張って定時で仕事を終わらせてまた深夜寝落ちするまで勉強勉強勉強…

半年くらいそんな生活をしていたら、ある日プツッと気が切れました。

「今俺がやっていることって誰得?」
「少なくとも自分のためなってない」
「もう会社はいいや」
「実力主義の挑戦し甲斐のある世界にいきたい!」
「若いうちに挑戦しなかったら一生後悔する!」

そして何の戦略も勝算もないまま、
たった11ヶ月で会社を辞めてしまいました。

会社の人事部にはボロクソ言われました。

「やめておけ」
「起業はあまくない」
「このまま続ければお前なら…もったいないよ」

まーおっしゃる通りなんですが、
どう考えても挑戦を先延ばしにするのはリスクが高すぎる…

家庭をもって会社で一角を担うようになったら、身動きが取れないんじゃないか。
そっちの心配の方が大きかったです。

「今このタイミングしかない」

そう思って、飛び出しました。

東大卒からのフリーター

会社を飛び出したのはいいものの、
日々の生活費は稼がざるを得ません。

結局始めたのは塾講師。

大学の4年間でもやっていたから経験があるし、
夜の数時間のアルバイトで生活費を稼げて、
残りの時間は起業の勉強やら準備を当てることができます。

この時に大量の読書をしたり、
WEBサイトの作り方などをゼロから勉強していきました。

受験勉強方法のサイトを作ってみたり、
授業動画を創ってみたり、
あるいは受験以外の他のWEBサービスを考えてみたり…

いろいろ試行錯誤していました。

けれど結果はそう簡単に出ません。

気がついたら、
会社を辞めてから1年弱過ぎようとしていました。

そんな折、お世話になっていたアルバイト先の塾長から

塾長「僕そろそろ引退して塾やめるだけど、よかったら山田君この場所使う?」

「そろそろ何か結果出さないとまずいよな…」

と思っていた矢先の話だったし、
塾として店舗を構えるのって数百万くらいは普通にかかります。

そんな大金もっていなかったし、
店舗を持って、そこを軸に事業を展開していくのも面白そうだ。
というか、それ以外今の俺に突破口はない。

話に飛びつきました。

やります、と。

その塾長は塾長で、
退去費用(テナントをまっさらにして家主に返す必要がある)がかからなくて済むので
Win-Winだったのでしょう。

その塾は当時中学生の塾だったのですが、
その年で生徒は全員卒業。

俺は高校生に勉強を教えたかったので、
高校生の塾として生徒ゼロからはじめました。

かくして山田の塾経営は始まったのです。

そして、今

塾経営1年目はさんざんでした。
ものすごく頑張りましたが、ギリギリ生活費を稼げるくらい。

経営を軌道に乗せてしっかりと収入を得る。
そんな状態になるために必要だったことは、
やはり「勉強」と「大量行動」でした。

おかげさまで今では
自分の得意なことで人に貢献して
たっぷりと収入が得られて、
もやもやと矛盾を抱えながらではなく
正面から自分のやるべきこと、やりたいことと向き合える状況です。

さてさて、山田の夢実現はこれから。[将来の展望]をご覧ください。

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